佐為の思い残し


一旦消えた佐為がまた戻っています


 ねぇ、ヒカル。そろそろ自分を『オレ』と言うの、改めませんか?
「今さら別にいいじゃん。それより、打とうぜ」
 ええ…そういえば、今日は塔矢アキラとケンカしませんでしたね
「今日は人の棋譜の検討だったからな。今日中に森下先生に返さなきゃいけない棋譜だったから、打つ時間がなくて残念だったよ」
 私も、アキラともまた、打ちたいと思いますよ
「もうちょっとしたら、家からもネット碁できるようにしてやるよ。お前専用にしてさ、塔矢んちもパソコンあるし、また名人とも打てるかもな。オレ、チャットも練習してお前が名人と話せるようにしてやるから」
 ヒカルもネットで対戦したいでしょう?
「いや、オレは打ちたい相手と直接打てるんだから…けじめもきちんと付けておかないと、いつかまた、塔矢とのみたいな誤解が起きるかもしれないし」
 本当に、ヒカルには苦労かけます、私の碁への…現世への想いが、ここまでとは自分でも思いませんでした…
「オレさ、お前が消えた時、名人との対局が叶ったから、満足して成仏しちゃったんじゃないかって、心配したんだぞ。実際はそうじゃなかったけど」
 いつか消えるのは、殆ど覚悟の上だったのですが…まさか…私が消えかけた原因が…ヒカルに月のものが初まったせいだったなんて
「お前も生きてる時は女だったのに、怖いだなんて…ちょっと笑えるよ」
 月のものは穢れだから人から離れないと、と言われて育ってきたので怖くなってしまうみたいです
「理由が判ったからいいけど…もう黙って消えるのはナシな?」
 はい、ごめんなさい
「…お前はいいよな、生理がなくて」
 ヒカル、気を付けて下さいね、月のもののころは、悪しきモノにつけこまれ易いのです
「昔じゃないんだぜ、今は」
 それでも私のような存在を受け入れてくれたあなたですから、他のモノが引き寄せられないとは限りません…私がいる時は私があなたをお守りできますが、私が側にいられない時に、誰かがヒカルについていてくれたら安心なのですが
「誰か他の幽霊…守護霊サマとか?」
 いえ、生きてる人の話ですよ
「そうそういないだろうなぁ、幽霊が見えるやつなんて」
 見えない方がいいかも、ですよ
「塔矢とか、見えなさそうだな。本因坊のじいちゃんは見えるかも」
 …今日、驚いてましたね、彼
「案の定、オレを男だと思ってたな。泊まり掛けで打ちに来いって言うからまさかなぁ、て思ってたらやっぱり。あの時、どうして女と比べるんだ、とか言いかけてたよな、絶対」
 そういうとこ、ヒカルは女の子らしく敏感ですねぇ、『オレ』なんて言わなきゃいいのに…
「いいじゃん、怒ってなかったし。三谷みたくは」
 彼も可哀想でした…ヒカルと一緒に碁の大会に出る気満々でしたもの
「はっはっは、アイツ同じ学校なのにオレのコト女って知らなかったなんてな」
 男女別ですものね…筒井さんもショックだって言ってましたね
「だから男子の部員集め、協力したし」
 加賀はうれしそうでしたね
「気付かない振りして触ろうとしたよな、制服だったのに」
 彼には近寄ってはいけませんからね
「オレは好みじゃないって言ってたし」
 …どうですか?
「…ないよ!!ずるいぞ、雑談に花を咲かせて、ちゃっかりと」
 喋ってても集中しないとね…あぁ、母上が早く寝なさいって下でおっしゃってますよ
「はーい、もう寝るーーー!じゃぁ、電話切るねーオヤスミ…なんてな」
 便利ですねぇ、その機械…携帯電話
「うん、本物じゃなくて見本だけどな。これ持ってればお前と喋ってても電話してるようにしか見えないし」
 では、本当に、おやすみなさい
「オヤスミ、佐為」



棋士紹介(七段)